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歴史

代表的な車種

近年、日産は小型商用車(LCV)に重点を置いていて、LCV事業は過去数年で明らかな成長を見せています。しかし、歴史的には、LCV事業は同社の設立時からすでに重要な事業でした。日産はもともと、ほぼ1世紀前の戦前の日本で、「ダットサン」というブランド名で自動車を販売していました。1914年、その3年前に東京都麻布広尾に設立された快進社自動車工場は、最初のダット(DAT)を完成しました。この新しい車の名前は、同社の出資者の頭文字を取って名付けられました。

田 健次郎

青山 禄郎

竹内 明太郎

ダット自動車は、ダットおよびダットサン乗用車のほかにトラックも製造していました。当時は消費者向けの自動車市場というものがほとんどなかったため、同社の生産台数の大半はトラックによって占められていました。1918年前半、ダットの最初のトラックが軍事市場向けに生産されました。1920年代、軍事市場の需要縮小に伴い、ダットは1926年、日本第二のトラックメーカーであった実用自動車製造との合併を余儀なくされました。合併により設立されたダット自動車製造株式会社は、1932年まで大阪を拠点としました。その後、横浜に移転しました。
Datsun Truck

日産という名前の登場

1931年、ダットは新しい小型自動車を発表しました。これが最初の「ダットサン(Datson)」であり、「ダットの息子」という意味です。1933年後半、日産がダット自動車の経営権を取得後、Datsonの後半のスペルが「sun」に変更され、「Datsun」になりました。1932年、第一世代のLCVが発売され、10型と11型のシャーシにバンのボディを積んだ車が路上にお目見えしました。

日産という名前が最初に使用されたのは、1933年、東京証券取引所で日本産業の略称としてでした。同社は、1928年、鮎川義介によって設立された会社です。

30年代、日産は鋳物と自動車部品事業を管理していましたが、鮎川は1933年まで自動車創造には進出せず、この年、鮎川は戸畑鋳物の自動車部品部門とダット自動車との合併に成功しました。戸畑鋳物は日産の系列会社だったため、これが日産の自動車製造の幕開けとなりました。

1934年6月、社名が日産自動車株式会社に変更され、1935年5月には、会社のロゴと社章が制定されました。

1935年2月に組立ラインを出た日産の第1号車は、ダットサン10型という小型商用車(LCV)でした。これは日本からの最初の輸出モデルでもありました。

顧客のニーズが変化し続けた時代

戦中・戦後は、顧客の好みと要求が変化し続けました。第二次世界大戦前は、17型までのモデルが生産されていましたが、戦後はダットサントラックが1121として復活しました。日産は最終的に74の企業を傘下に収めるまでに成長し、第二次世界大戦中に日本で第4位の企業連合になりました。この時期、日産は、日本軍のためにトラック、飛行機、およびエンジンを製造していました。1947年から1948年の2年間、同社は日産重工業と呼ばれていました。この時期は、ダットサントラック(2225)が生まれた時期でもあり、50年台後半に新モデルに置き換えられました。ダットサンライトバン1200デラックス(V320)が誕生したのは1965年であり、その1年後にはキャブライト(1150)が登場しました。キャラバンDX(E20)モデルが初公開されたのは1973年です。これは70年代後半にダットサンC20になりました。日産クリッパー(C340)は1976年に登場しました。その10年後、ダットサントラック(D21)がピックアップ市場に参入しました。1989年には、Sカーゴ(G20)モデルが、いわゆる「パイク」シリーズというレトロスタイルの車の1台として登場しました。今日のD22モデルは、この車種の第16世代にあたります。

時代を経るに従って、これらの製品は、顧客向けの製品設計にいくつかの変革をもたらしました。たとえば、1973年、日本で最初に発売されたキャラバンは、小型キャブオーバータイプのワンボックスカーの国内市場を代表するブランになりました。このブランドは、その優れた運転性能、居住性、機能性、経済性、傑出した積載重量が高く評価されています(特に、積載重量は、このモデルのもっとも注目すべき特長です)。1973年のデビュー以来、このモデルはさまざまな改良と設計変更が加えられ、2001年に再デビューを果たしました。新世代のモデルは、「オーナーに「収益」をもたらすと同時に、ドライバーが抜群の「使いやすさ」と完全な「安心」を楽しめるワンボックス・ビジネスパートナー」という製品コンセプトのもとに開発されました。

小型トラックのクリッパーは、1958年以来、日産によって発売された、もうひとつの人気LCVモデルです。軽やかに駆け回る馬のスピードと優雅さを連想させる名前のとおり、このモデルは非常に人気の高い車種となり、2003年に新機能をプラスして再発売されました。

最近の歴史

1999年、日産はフランスのルノーSAとの提携契約に調印しました。1999年5月27日に調印されたルノーと日産の提携は、それぞれが独自の社風とブランド・アイデンティティを持つ日本とフランスの自動車メーカーの初の提携となりました。同じ年、ルノーは最高執行責任者(社長)であるカルロス・ゴーンを日産の社長として任命し、日産ディーゼルの株式の22.5%を取得しました。日産とルノーは、これからも、LCV事業を含め、あらゆる分野でシナジーを追求してまいります。